高血圧治療における臓器保護の重要性

 高血圧診療は最近大きく変化しています。高血圧の管理基準では、拡張期血圧から収縮期血圧がより重視されるようになり、臓器保護としての厳格な降圧療法の重要性が示されています。臨床試験結果のメタアナリシスに基づいた心血管疾患発症のodds比と収縮期血圧差の関係では、心血管疾患死に関しては直線関係、心血管事故、脳卒中、心筋梗塞に関しては曲線関係が認められ、降圧の重要性が強調されています。また、腎障害患者に対するアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬の使用も積極的に推奨されてきました。

 脳保護作用に関して、LIFE 試験ではアンジオテンシンII受容体ブロッカー(ARB)投与群がβ遮断薬投与群に比較して脳卒中の発症率が有意に抑制されました。PROGRESS試験では、脳卒中の再発がACE阻害薬投与により有意に抑制され、痴呆・高度の認知機能障害、ADL障害の発症頻度も有意に抑制されました。最近、我々は慢性期脳卒中患者を対象として、ACE阻害薬とARBの血圧日内変動並びに交感神経活性に及ぼす影響について検討しました。その結果、ARB投与群ではACE阻害薬投与群に比較して夜間血圧が有意に低下し、夜間交感神経活性も有意に低下しました(Okuguchi et al. Am J Hypertens 2002)。従って、脳卒中の二次予防にARBがより有効である可能性が考えられました。

 心保護作用に関しては、ACE阻害薬とARBを用いた多数の大規模臨床試験が報告されています。ロサルタンとカプトプリルを比較したELITE IIでは総死亡率、入院率および心不全による入院率のいずれについても両者で差はありませんでした。Val-HeFT 試験では慢性心不全を対象とし、標準的な心不全治療に加えバルサルタンの追加投与により、総死亡を含む心血管イベントが減少し、心不全による入院が減少しました。OPTIMAAL試験では心筋梗塞後のイベント抑制にACE阻害薬とARBが同等であることが報告されました。その他の薬剤として、The Carvedilol Prospective Randomized Cumulative Survival Study 並びにThe Beta-Blocker Evaluation of Survival trial (BEST) ではβ遮断薬投与により重症心不全患者の心血管系の死亡、全死亡、入院は有意に減少しました。また、RALES試験では、標準的な心不全治療に加えスピロノラクトンを追加投与することにより、心事故発生率、死亡のリスクが減少することが報告されました。

 腎保護作用に関しては、RENAAL試験で2型糖尿病性腎症に対するARBの有用性が示されました。

 以上のように高血圧診療では個々の患者様の背景や合併症を考慮しながら治療薬を選択する必要があります。単に血圧値を下げる治療から生命予後を改善する治療へと、治療目標がシフトしたと言えます。

 


高血圧と食塩感受性


 高血圧の非薬物療法として我が国の高血圧治療ガイドラインでは次の4つが推奨されている。減塩、運動、節酒、肥満の是正である。この内、欧米と比較して日本人にとって最も重要なのは減塩である。食塩摂取は昇圧だけではなく、血圧の日内変動パターンを変化させ、早朝高血圧さらには一酸化窒素(NO)阻害物質やプロスタサイクリン阻害物質にも影響することが明らかにされた。

 我々は76例の本態性高血圧症患者を対象とし、1日食塩2gの低塩食を7日間、引き続き1日食塩23gの高塩食を7日間摂取させ、食塩負荷による昇圧反応性から食塩感受性群(10%以上上昇)37例と非食塩感受性群39例に分類した。食塩感受性群では食塩負荷により血圧日内変動パターンは夜間血圧が昼間血圧に比較して10% 以上下降するdipper型から夜間血圧の下降が10% 未満のnon-dipper型へと変化し、血中norepinephrine 濃度と尿中NE排泄が昼間高く夜間低いという日内変動パターンは消失した(1)。パワースペクトル解析では夜間のHF成分(副交感神経活性)の抑制とLF/HF(交感神経活性)の亢進が認められた。従って、血圧日内変動をnon-dipperに移行させた機序として、夜間の交感神経活性の亢進が考えられた。早朝血圧は非食塩感受性群では食塩負荷により起床後著明な上昇が認められたが、食塩感受性群では不変であった(2)。チルト試験による血圧低下に対する心拍数の増加反応は、非食塩感受性群で高塩食摂取により有意に抑制されたことから、早朝高血圧の亢進は圧受容体反射の障害に起因すると考えられた。血中NO代謝物濃度は減塩により増加し、食塩負荷により低下し、血圧の変化率と負の相関を示した(3)。また、血中NO阻害物質asymmetric dimethylarginine とプロスタサイクリン阻害物質coupling factor 6 濃度は食塩負荷で上昇した(3)。以上から、食塩摂取は血圧日内変動をnon-dipper型へ移行させ、早朝高血圧(モーニングサージ)の増強、並びにNO・プロスタサイクリン代謝に対する抑制的作用により心血管事故の発生に関与する可能性がある。

1) Okuguchi T, Osanai T, Kamada T, Kimura M, Takahashi K, Okumura K. Significance of sympathetic nervous system in sodium-induced nocturnal hypertension. J Hypertens. 17:947-957,1999.
2) Osanai T, Okuguchi T, Kamada T, Fujiwara N, Kosugi T, Katoh T, Nakano T, Takahashi K, Guan W, Okumura K. Salt-induced exacerbation of morning surge in blood pressure in patients with essential hypertension. J Hum Hypertens. 14:57-64, 2000.
3) Fujiwara N, Osanai T, Kamada T, Katoh T, Takahashi K, Okumura K. Study on the relationship between plasma nitrite and nitrate level and salt sensitivity in human hypertension. Modulation of nitric oxide synthesis by salt intake. Circulation. 101:856-861, 2000.