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教室沿革

昭和21年6月22日 青森医学専門学校レントゲン科教授として高橋信次が発令
昭和23年5月 青森医専から弘前医科大学放射線科へと改組
昭和26年4月 弘前大学医学部放射線医学講座が設置
昭和27年4月 中央レントゲン室の設置
昭和29年7月 高橋信次、名古屋大学教授として赴任(昭和32年7月まで兼任)
昭和33年10月 篠崎達世、教授に就任
昭和41年 中央レントゲン室から中央放射線診療室へ改称
昭和45年 中央放射線診療室から中央放射線診療部へ改称
昭和62年6月 竹川鉦一、教授に就任
平成8年4月 阿部由直、教授に就任
平成11年12年 中央診療棟の完成と放射線部への改称
平成16年4月 国立大学法人弘前大学医学部設置

研究および業績

初期のころは、教授の研究が教室の研究業績と対応していたが、放射線科の扱う対象の増加により放射線業務が次第に多岐にわたるに従い、それぞれの専門領域の業績へと変化している。また初期の頃は放射線機器の業界も未成熟あったが、多くのテクノロジーが新製品の開発に導入されるようになり次第に成熟するに従い、個人の業績という色彩が薄まってきている。ただ従来の各種業績は教授毎にまとめられていたので、これを踏襲するものである。

1946~1955

高橋による回転撮影法と拡大撮影法の研究があげられる。とくに回転横断撮影装置をもちいた診断治療へ臨床応用が図られた。世界に類のない独創的な研究であった。診断ではX線CT装置に匹敵する研究であり、治療では原体照射など画期的な研究であった。高橋は昭和28年の日本医学放射線学会において「横断撮影法の研究」という演題で宿題報告を行った。これらの業績に基づいて学士院賞、文化勲章等を受賞している。

1956~1965

篠崎は諸器官の運動、つまり機能面を強調しX線撮影により検討した。極座標キモグラフィー、小腸区画造影法などが代表的な研究である。ことに後者では昭和35年の日本医学放射線学会において「小腸運動のX線的研究」という演題で宿題報告を行った。

1966~1987

カラーX線像についての研究が盛んであり、カラーテレビ法、カラーフィルム法など世界で初めて開発された。治療分野では組織内照射法として白金被膜198Auシードを用いた治療法を研究した。その他、断層撮影法における増感紙の研究があげられる。

1987~1996

インターベンショナル・ラジオロジーとしてレーザー血管形成術の基礎的臨床的研究が行われた。この成果は高度先進医療「経皮的レーザー血管形成術」として採用された。その他、癌の持続動注後の動脈塞栓術による肝細胞癌の治療、動注化学療法用リザーバーの埋め込み、ステントによる治療などに関する臨床研究がある。またMR血管撮影法などの有用性に関する研究を行った。

1996~

前項を引き継ぐと供に、科学的手法を取り入れた各種解析法を診断ならびに治療に応用している。各診療科との協調をはかり、共同研究を行っているのが特徴である。特に腫瘍学での連携は強く、呼吸器・頭頚部腫瘍・肝胆膵・病理カンファランスなどを定期的に行っている。診断部門では悪性黒色腫のセンチネルノードの検討、放射線診断と病理との連携の強化による臨床研究、治療部門では切除不能非小細胞肺癌・小肺癌に対する放射線治療・頭頚部腫瘍・転移性脳腫瘍・乳房温存療法などに対する臨床研究を行っている。また緩和領域におけるインターベンショナル・ラジオロジーも行っている。

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